システムエンジニアという名の不思議な職業
至る所で語られているが、今回はSE(システムエンジニア)という職業について書く。
この語の意味するところは多岐に渡り、明確な定義は難しいが、建築家と大工の違いをSEとプログラマの違いに例えた説明が時折見受けられる。
プログラマはコンピュータにいかに動作するかを指示するプログラミング言語を操り、ソフトウェアを構築する。大工が現場で材料を加工し、建築物を組み立てるように。
対して、SEはプログラマにどのようなシステムを作るかをプログラマに指示するのが仕事だ。全体の設計資料を作成するのが役割であり、実際に現場で手を動かすのは本義ではない。資料作成においても専門的なツールよりは、一般的な事務作業に用いられるMicrosoft製のExcelやWord、Powerpointといった汎用的なものを使うことが多い。その役割上、SEの中にはまともなプログラミング経験もなく、単独でソフトウェアを作り上げる力のない人間もいる。エンジニアの名を冠していながら、実際にはエンジニアと言えるか怪しい職業なのだ。
そして、SE達を擁する企業はSIer(システムインテグレーター)と呼ばれる。現状、こうしたSE、SIerといった語が好意的な文脈で用いられることはあまり無い。
官僚的な企業文化に起因する非生産的な会議の多さ、後から見返されることも無いような形式的な設計書作成などといった、意欲があり有能な人間にはあまり魅力的に映らない業務がその原因だ。
また、大手SIerが仕事を下請けのSIerに外注し、その下請けがさらに小規模なSIerに外注する多重下請け構造も一因となっている。例外もあるが、下層の企業に属する人間には細分化された作業しか任されないことが多く、やりがいやキャリア形成の面で不利なためである。もちろん、中抜きされているので給与面でも報われにくい。
仮に最上層の元請けSIerに所属したところで、実業務をすべて外注し、関係各所との連絡役に徹するようなエンジニアとは名ばかりの職務になりがちである。こうなると前述した自力ではまともにプログラミングもできない人間になり、ソフトウェア開発に関してスキルアップが難しい。
そして、SIer業界の報酬水準自体が年々下落傾向にある。人件費の安い新興国へのアウトソーシング、作り込みを必要としないクラウドの台頭などがその理由として挙げられる。加えて、開発ノウハウがコモディティ化しているため業務コンサルティングなど別領域にまで手を広げないと厳しいなどとは言われて久しいことだ。たとえ元請けであっても、ろくな差別化も出来ないのなら顧客企業よりも強い立場にはなり得ない。
そもそもが受託開発という労働集約的な仕事をこなしており、たとえ売上が上がったとしても収益性の面では旨味のある事業ではない。
産業の盛衰を見抜くのは至難とはいえ、有為な若手が今から就くべき職業にはとても見えないのだ。
ところで、SIerという業態は諸外国ではあまり見られない。一説には、その原因は日本の終身雇用的な雇用習慣である。
米国などではシステム開発が必要であれば、通常外部の開発会社に委託するのではなく自社のシステム部門で開発することを考える。外注よりも割安な上、自社の人員であれば柔軟で素早い対応が期待できるためだ。
一方、従業員の解雇が法規制上難しい日本では、一旦自社のシステム部門に人員を抱えると、開発が一段落して人員に余剰感が出てきたとしても、おいそれと首は切れないのである。こうなると、たとえ短期的には割高であっても外部へ開発を委託するニーズが出てくるという訳だ。
近年では、 IT業界の中でもSIerと対比してWeb系といった単語が出てきている。Web系企業においてはプログラマとSEといった役割分担がほとんどなく、一人の人間が自分で手を動かしてプログラミングをするだけでなく、設計までも求められる。そのため、ソフトウェア開発について網羅的なノウハウが身に付きやすい。
また、その企業文化もアメリカ西海岸のシリコンバレーの流れを組むような、自由なものが多い。たとえ受託開発であろうとも、形式的な会議や文書の大量生産は忌避される。そして、インターネット上で独自のサービスを展開して収益を上げる企業も多い。
意欲と能力のある若手を中心にSIerからこうしたWeb系企業への転職を望む者が増えているようだが、この傾向は強くなることはあっても弱くなることはないだろう。
システムインテグレーション崩壊 ~これからSIerはどう生き残ればいいか?
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